琥珀の記憶 雨の痛み

原付か何かが来たかな、と、少し端に寄っただけで、振り返りもしなかった。

車はこの先迂回しないといけないのでほとんど通らないけど、私と同じように、二輪車はたまにここを抜けていく。

すぐに追い抜いていくだろうと思ったのに……


「え、なんでよ」


まるで私の自転車の後ろをつけるかのようにぴったりとペースをあわせ、明らかにそのエンジン音は減速した。

道沿いのマンションに入っていく気配もない。

車通り、どころか、人通りもない静かな道だ。

不審な動きをする後ろの原付の気配に、だんだん不安になってくる。


意識して自転車をこぐスピードを少し上げると――間違いない。
エンジン音が少し上がって、後ろもついてくるのが分かる。


「やだ」


こどもの頃から住み慣れたこの街は、夜1人でも『安全』だとどこかで思っていた。

夜は危ないからと門限を言い渡された時も、危険なことなんかあるわけないのにって。


でも今ちょっと、ううん、かなり。
私、なんか危険な状態なんじゃない?

偶然?
考えすぎ?
でも、やっぱりなんだか気持ち悪い。


……一気に振り切ろう。


この道を抜けて踏切を渡れば民家の並ぶ住宅街。
万が一のことがあっても、声を出せばすぐに人が出てきてくれるはず。

手のひらに嫌な汗が滲んだ。
大丈夫、大丈夫、振り切れる。


だってほら、私の太腿。
なんだっけ、アレよそう……『競輪選手』

顧問のセクハラ発言を思い出したら怒りが湧いてきた。
これ原動力に、イケそうだ。
ムカつくけど感謝!


グリップを握り直す。
心の準備を兼ねたカウントダウン。

3……2……1