沢山『ごめん』を言いたかった。

待たせてごめん。
はっきりしなくてごめん。
傷付けてごめん。
苦しめてごめん。

それから、それでも私を待っていてくれて『ありがとう』。


『ごめん』と『ありがとう』の代わりに、震えている彼の背中に手をまわして力を籠めた。


『ごめん』でも『ありがとう』でもなく、今一番私が伝えたいことを。
今一番、彼が聞きたがっている言葉を。


「好き。……すごく、好き」


噛みしめるような間を置いてから、尚吾くんが笑ったのが振動で伝わった。


「ずるい莉緒、2回言った。俺の方が好き、大好きだから。俺の方が先に好きだったし絶対。好きでは負けない」

「ちょっと、やだ」


そんなに冗談みたいに『好き』を連呼されたら、思わず笑ってしまう。

2人して笑いあいながら目を合わせると、どちらからともなく、額どうしをこつんとぶつけた。


「本当だよ。――大事にする」


触れあう鼻先が、前髪が、くすぐったい。
甘くて。
とても、幸せ。


「私も……負けないもん」

「うわ、負けず嫌い?」

「ふふ、そうかも」


クスクス、そうやってしばらく笑いあって。


――不意に尚吾くんが真面目な顔した時、鈍い私でも、何が起こるのか分かった。
……キス。


一瞬目が泳いだかもしれない。
だって、緊張するもの。

咄嗟に目をぎゅっと閉じていた。
心の準備なんて何も出来てないから、ただ身体を丸ごと固くして、来るモノに対して構えるみたいに。


けど、いつまで待っても思っていたモノは来なくて。
代わりに降ってきたのは、押し殺したような笑いだった。


「莉緒、そんなに力まないでよ」

「りき……だ、だって」


初めてなんだもの。
そう言いかけた私の口を塞ぐように、尚吾くんの人差し指が、そっと唇に触れた。

指先でつ、と下唇をなぞってから、彼はその指をぺろりと舐めた。


「今日は、これで。続きは――、これから少しずつ、ね」


初めて見せられたその大人びた表情にくらくらする。
『続き』なんて、考えただけで腰がぬけちゃいそうだった。