琥珀の記憶 雨の痛み

更衣室に駆け込んで、ロッカーを開けた。

痛い、痛い。
無防備すぎた。

覚悟がない私を、あの時の感情に引きずり戻さないで。

やっと現状に慣れてきていたのに。


戻さないで。
一番幸せで、周りのことなんか考えられなくて、ただ浮かれていたあの時の気持ちに。
今はまだ、戻さないで。


縋るように琥珀を手繰り寄せて握りしめた。
――お願い、守って。


以前のように強引に金具を引きちぎったりはしなかった。

なかなか外れないソレに苛立ち焦りながら、バッグから外すと漸く少し心が静まった。
祈るように石を胸に抱いて、しばらくじっとしていると冷静さが戻ってくる。


……馬鹿ね、あの程度の核心を避けた言葉で、何かを期待した?

違う。
あれは、そういう意味じゃなかった。
きっと彼は、はっきりさせないまま有耶無耶にした私を暗に責めたんだ。
それだけだ。


彼はもう、私を『待って』なんかいないし。
私もそれを期待なんかしちゃいけないし。


『覚悟』とやらが出来ないのなら――するつもりがないのなら。
私は後はもう、慣れるしかないのだ。

慣れて。
そして、忘れるしかないのだ。


「……仕事。ちゃんと、しなきゃ」


今は手離せる気がしなくて、お守り代わりの琥珀を握りしめたまま従業員エレベーターへと向かった。

大丈夫、これがあれば。
さっきみたいに取り乱したりは、もうしない。

エレベーターを待つ間に、もう一度祈るみたいに両手に包んだ石を額に当てた。
うん、大丈夫。

言い聞かせて、そっとポケットにしまおうとした。


「――あんた、あの面子で飯食って楽しいの?」

「は……」


到着したエレベーターの扉が開いた瞬間だった、喫煙室から出てきたユウくんに声をかけられたのは。

どこから見ていたのか。
彼の視線が手の中の琥珀に向いているのが分かって、動揺した。