琥珀の記憶 雨の痛み

「ああ……うん、そう。最初の頃、タケがフォローしてくれて。それで、そんなに苦手ではなくなったんだ」


何か言いたげな彩乃ちゃんにそう説明すると、「はあ」と、腑に落ちたんだかどうなんだかよく分からない返事が来る。
もう少し詳しく聞きたそうだった。


けどもう、限界で。

「私、もう行かなきゃ」

「え、莉緒さん!? まだ20分はありますよ!」

席を、立った。


――『そっか……俺か』

遠い記憶に霞んだはずの声が、はっきりと再生される。
なんで、そんな風に――。


「うん、更衣室に忘れ物した」

「忘れ物って……だっていつものお仕事セット、ちゃんと持ってるじゃないですか」

食器のトレーと一緒に持ち上げたポーチを彩乃ちゃんはしっかりと見てるけど、首を横に振った。


――『言わなきゃ良かったな』

何に苛立って。
それとも……後悔、してるの?


「あー、それじゃなくて。とにかく、先に行くわ」

「ちょ……、莉緒さん! ごめんなさい、私やっぱり気に障ること言いました!?」

と、未だに的外れなことを気にしている彩乃ちゃんを早く振り切って、ここから逃げたい。
ううん、逃げなきゃ。


「違う違う、そういうんじゃ……ごめん、ホント今時間ないから」

「本当に気にしてません!?」


――『やっぱあの時、アイツのフォローなんかするんじゃなかった』――


「してないしてない! 全然してないから」

「本当ですね? 良かったぁ」

「うん、ごめん先行くね。後で、下で」


漸く解放され、返却口にトレーを戻す時にはお水のコップがカタカタと震えていた。
振り向かずにそのまま、食堂から飛び出した。


ギリギリ、間に合ったかな。
こんな失態、見られたくない。


『ただあいつのことが苦手だったんだ』
『苦手だったんだよ』


……――なんでそんな言い方を、するの?


駄目だ、心が粟立つ。
蓋したはずの、心が。


直前には、私がユウくん相手なら幸せになれるとか言ったクセに。

わざとらしいくらいタケって連呼しても、顔色も変えなくなったクセに。

私の目の前でああやって彩乃ちゃんと仲良くして、全然平気そうなクセに。

もうこの距離に慣れて、私のこと『待って』なんかいないクセに。


蓋してさえいれば、心は凪いでいたのに。


なんで。

なんで『あの時』に、引き戻そうとするのよ。