「失望させちゃったと思うから、一個だけ良い話聞かせてあげるわ」

と、母が目を細めた。


「お父さんは凄いチェーンスモーカーだったけど、あんたがお腹の中にいるって分かってからは、家の中では一切煙草吸ってなかったのよ。あれでも――」


一旦そこで言葉を切って、何かを確かめるように私の目を覗きこむ。
促すようにひとつ瞬きをすると、母は満足したように微笑んで、私の髪に軽く触れた。


「ちゃんと、父親だったわよ。あの人なりに」


――言葉は、出なかった。
ただあの匂いが嫌いではない、それが、私にとっての真実だ。


「で?」と、母の方がすぐに切り替えた。
わざとらしく上がった頬骨が、何となく続く流れを予想させて苦笑を誘う。

「ジャージの彼に、恋愛相談ねぇ」


既婚者ではない、とはすぐに納得してくれたものの、いつまでも私の相手をユウくんと決めつけてくる母の前で、結局私はそこまで暴露しなくてはならなかった。

深い内容までは言わないでざっくりとぼやかすために『相談』という言葉を使って初めて、自分がユウくんを頼っていたのだと気が付いた。


「もったいない。その人、莉緒のこと好きなんじゃないの?」

漸く疑惑も晴れて楽しくなってきたのか、にやりと笑いながら母は言った。

もちろんそれは本気の言葉じゃなく、私が母と母の上司の間をからかったことの仕返しだ。
だから私もわざとらしく笑って、「そうかもね」と言い返した。


母との距離がぐっと縮まったように感じたその日――、最後まで私は、母に自分の恋について相談することは出来なかった。