琥珀の記憶 雨の痛み

『尚吾』をよりにもよって『醤油』で誤魔化した瞬間の、彼の表情の変化が焼き付いて離れない。

キリキリと心が軋んだ。


ごめん――みんなの前で、名前で呼ぶことが出来なくてごめんなさい。

せっかく彼が沢山きっかけを作ってくれたのに、一歩踏み込む勇気がなくて、待ってばかりで。

ナツの気持ちを知ってからは、避けてばかりで。


罪悪感も自己嫌悪も嫉妬もなにもかも、どう処理したらいいのか分からない。
こういう風に気持ちを揺さぶられるのは初めてだから。

何かを変えるのが不安で、何かが壊れるのが怖くて。


――人を好きになるって、思っていたよりも、ずっとキツい。
もっとふわふわと楽しくて、優しいものだと思っていた。


一瞬何かを期待するように上げた顔を落胆に曇らせた尚吾くんは、今はその表情を苦笑いの下に隠していた。


どうしてそんな顔をするの?
やめて……思ってしまうから。

私が特別な呼び方をすることが、あなたにとって嬉しいことだって。
私が曖昧に避け続けていることが、あなたにとって苦しいことだって。


素直になれたら――この人はまた、あの頃のように笑ってくれるのだろうか。
楽しかった2人だけの時間が戻ってくるのだろうか。

これから縮まると信じていた距離を、自ら離れてしまった距離を、取り戻すことを。
その先を、望んでしまいたくなる……。