彩乃ちゃんはアツシに魚のレクチャーを受けている。

人見知りしないアツシのジョークを挟んだ説明にすぐに打ち解けたようで、先輩や上司の前では俯きがちな彼女も楽しそうに熱心に聞き入っているようだから、しばらく任せておいて大丈夫だろう。


声をかけてきた鮮魚の社員さんは村上さんと言って、部門外で接触が少ないにも関わらず私が彼の名を知っているのは、この人がレジ社員の岡本さんの彼氏だからだ。

社食での昼休憩や仕事帰りによく一緒にいるところを見かけていて、なんとなく気になっていたところに有希さんが教えてくれた。


最近になって村上さんに県外店舗へ転勤と言う噂が立ち、レジスタッフの間では、それを機に岡本さんが辞めてしまうんではないかと囁かれていた。

2人は同期入社らしくて付き合いも長いようで、歯に衣着せぬ有希さん曰く、『とっくに結婚考えていい歳だしね……ってかこのタイミング逃したら先ないでしょ』。


だからってまさか、この場所でこのタイミングで私なんぞに、村上さんの口からその話を聞かされるとはさすがに私も思っていないわけで。


「ちょっと売り場の勉強に……アツシくんお借りしてます」

と、彩乃ちゃんとアツシの背中に視線を滑らせながら、一応断りを入れる。
『仕事の邪魔だから』と怒られるほど忙しそうにも見えないが、念のため。

だっていくら考えてもそれ以外に、彼から私への用件など思い付かないんだもの。


仁王立ちで腕組みして私の隣に立った村上さんはやはり忙しそうにも怒っているようにも見えなくて、「いくらでもこき使ってやってよ」と頷きながら言われるとなおさら分からなくなる。

緊張して身構えていると、「そんなに固くなるなよ!」と笑われた。


「レジっ娘はずっと客前に曝されてて、あんまり他とコミュニケーション取れないからねー。たまにはこうやってレジの外に出てきたらいいよ。売り場と連携取れてれば情報共有も出来るし、サボってるような気になるのかもしれないけど、意外と重要だからね」