琥珀の記憶 雨の痛み

「あんた、もう帰れば? そろそろ時間だろ。もうあいつらと鉢合わせることもないと思うけど」


その言葉には、さっきまでの『追い払いたい』みたいなニュアンスがなくて。
社員さんも言ってたからか、単純に私の時間を気にかけてくれているのを素直に受け入れられた。


「家、近いんでしょ? さっき社員さんが言ってた」

「歩いて5分くらいだけど」

――ホントに近ッ!!
濡れてないで帰ればいいのに!


「ならそこまで行くから、傘入ってってよ。もうずぶ濡れだけど……やっぱ、気になる」

まあ断られるんだろうなとダメ元で、それでもそう言うと、彼は露骨に嫌そうな顔をした。


「女に送られるとか、ダセぇ」

「うわ」

「……何、今の『うわ』って」

「いや意外なとこ気にするんだなって……ごめん、可笑しい」


笑いが込みあげて来て、堪えきれない。
声を殺して肩震わせていたら、隣で舌打ちが起こった。
今までも何度も舌打ちされてたけど、今度の舌打ちに限っては、不快感よりも笑いに直結する。


「これ以上濡れようがない、気にすんな真っ直ぐ帰れ」

「――そんっなに濡れたいの?」


深く触れて良いのか、詳しく聞いて良いのか。
迷いのままに飛び出た質問は、やっぱり中途半端。

『自分の話になると、黙るのか。人には色々聞きたがるのに』……さっき、彼はそう言った。
だから何となく迷惑がられているのは分かるのだけど、気にはなってしまうもの。


「違う、別に濡れるのが好きなわけじゃなくて」

「え」


私の発した浅い質問に、ユウくんが答え始めたから驚いた。
頑なに傘差さないクセに濡れるのは好きじゃないという矛盾にも、だけど。

黙って続きを待っていたら、次の言葉には違う意味で驚いた。


「嫌いなんだ、傘が」