琥珀の記憶 雨の痛み

「あんたってさぁ……」


その声は、雨にかき消されそうな小さな呟きで。
誰も気が付かない。
……一番近くにいた、私以外は。


――何これ、デジャヴ。
じゃない、つい最近言われた気がする。
『あんたって』……なんだっけ。


「莉緒? ユウは言っても無駄だよ。いつまでもここいても濡れるだけだし、とりあえずアツシたちのとこ行こう」

「そうだよ莉緒ぉ。ナツ1人で行ったらお邪魔虫になっちゃうじゃん! みんなで一緒行こ?」


尚吾くんとナツが代わりばんこにそう言って、駐輪場の方へ促してくる。

邪魔に?
だから気を遣って、1人ここに残ってた――わけでもなさそうな。


すぐに私が立ち上がると思ったのか、ナツたちの気配はゆっくりと遠ざかっていく。
それを背中に微かに感じながら私は、目の前の人がくゆらす煙草の煙をじっと見ていた。


「置いてかれてんぞ」

「あ……うん……」


でも、なんか。
聞きたいことがあるような。
『あんたって』の続きとか、傘を差さない理由とか。

――尚吾くんとナツと3人で帰る、ことになるのが嫌なだけのような。


「傘」

と、口ごもっている私の次の言動は待たずに、ユウくんは顎でしゃくって傘の露先を指した。


「え?」

「煙、溜まってんだけど中に」

……な、んだこれは。
クレームか!?

「ごめッ!」


見上げると確かに、ユウくんが吐き出した煙は上にのぼって、傘の内側にもくもくと溜まっていた。
慌てて傘を傾けようとして、流れ落ちてきた大量の水に背中をやられて小さく悲鳴を上げた。


「――あ、いや。あんたが、平気なのかなと思って……濡れてんぞ」

ユウくんが、くつくつと笑う。
クレームではなかったことにホッとして、

「言われなくても分かってるし。もっとびしょ濡れのあなたに言われたくない」

ついでに言い返す勇気も出てたり。


「りーおー!」

駐輪場の方から、呼ばれてる。
今度はユウくんの顎が、そっちをしゃくった。
その意味は、言葉にされなくても分かる。


もうこっちを見ない、しゃべろうともしないその人は、まるで私なんかそこに存在しないみたいに、ただ黙って煙草をふかし続けた。