「どうして、その、あなたどうして、心臓の、手品かなにか?」

「手品なんかじゃない、信じられないの?」

「だって、」


あまりにも、非日常すぎる出来事。
部屋の状態は、眠ってしまう前となにひとつ変わっていない。
鞄もショッパーも同じ場所に放っておかれたままだし、鍵だってちゃんと閉まったまま。
人一人入れるほど大きなダンボールも、少しはみだした発砲スチロールもそのまま。

分かってた。ただひとつ違うのは、私の部屋に現れたばかりなのに、あれほどに存在感を示していた大きなマネキンがないということ。


「ねぇ、きいて。」

「えっ、」


ゆるやかに手から腕に移動した彼の手のひらに力が入って、身体が静かに傾いていく。
スローモーションみたいに引き寄せられて、私は、名前も知らない彼の胸に倒れこむ。
彼の胸にぴたりと耳が触れるけれど、やっぱりその耳に響く音は何もない。


「なにも、聞こえないでしょ。」


男の人に抱きしめられるのなんてはじめてなのに、頭がすごく冷静なのは、彼が人じゃなくてマネキンだから?



「あなたって…?」

「だから…俺は菜々香をなりたい菜々香にするためのモノ。マネキン、だよ。」