「うるせェな、俺は奢ると決めたら奢るんだよ。
なぁ岸本(きしもと)、お前は俺が一度決めたことを、テカ、テカっ……」


おっちゃんが言葉に詰まったのを見て、若い岸本さんが口を添えた。


「撤回ですか」


「うるせぇバカヤロウ!
大体おめぇはいつもいつも一言余計なんだよ。
何でもかんでもソツなくこなしやがって、ムカつくんだよバカヤロウ」


おっちゃんが理不尽な事を取り立てて管(くだ)を巻き出したが、岸本さんも負けてはいない。


「後藤さんいつもそうやって言いますけど、僕だって色々失敗して恥かいてきてますからね。
っていうか後藤さん飲み過ぎですって」


「うるっせぇ! 俺ぁコイツが飲むまで帰らねぇからな」


と、傍観者に回っていたオレに再び矛先が向けられる。


「あぁもう面倒くさい人ですねあなたは!」


岸本さんもお手上げ状態。彼はオレに向かって軽く片手で拝むポーズをした。


「ごめんな、この人酔うとしつこいんだ」


「うっせぇ」


後藤のおっちゃんにバシッと頭を叩かれた岸本さん。


「っていうかもうこんな時間だし、キミそろそろ帰ったほうがいいと思うよ?
この店の子どもさんじゃないんでしょ?」


岸本さんの言う通り、何だかんだで時刻は夜の8時を回っていた。


バイトでスタッフの格好をしているならともかく、学校からここまで直行したオレはいまだに制服だった。


これは体裁的にもよろしくない。


それにしても、叩かれた自分の頭よりもオレの事を心配してくれるとは……。


岸本さんは、紳士で良く出来た人だった。


その横で、相も変わらずぐびぐびとアルコールを喉へ流し込むおっちゃん。


「オレはコイツが飲むまで帰らねぇ」


おっちゃんはまた同じことを言って席を立とうとしない。


もしかしてこの人……ただ帰りたくないだけなんじゃねぇの?


────オレは覚悟を決めた。


「分かった。オレがこれ飲んだら帰ってくれるんスよね?」


ジョッキに手をかけたオレを見て、おっちゃんは少し嬉しそうな顔をした。


「おぅ、一気にいけよ!」


岸本さんが慌てた顔で何か言ったような気がしたけれど、オレの耳に届くことは無かった────