◇ベルの謝罪

ぎぃ…と、古いドアは油を刺していないのか錆びれた音がした。
ジャックは、リビングのテーブルで眠そうに頬杖をつきながら必死に紙と向き合っていた。 調査報告を書いているらしい。

「…ジャック」

あたしの呼びかけでジャックは目を覚ました。 パッと起きてあたしの事を見ている。

…よく見ると近い距離に居る。 あたしは咄嗟のことで顔が熱くなるのがよく取れた。
男に近づくのはポートくらいで、クラスの男子も遠ざけたい男嫌いで、男という男に拒絶反応を示してきたあたし。

しかし、ジャックには嫌という気持ちを感じなかった。

「あの…こんな遅くにごめんなさい。 前のこととか謝りたくて。」

ジャックは、不思議そうな顔をしている。
あたしは、ジャックの顔が見れなくて下を向いていた。

「ジャックは、あたしたちの事を必死で慰めようとしてくれていたのよね。 本当にごめんなさい。」

あたしは、ジャックに頭を下げた。 深々と。
今まで、ずっとあたし達を助けようとしてくれていた人になんて酷いことをしてきたのだろう。
ジャックはきっと…

「あ、ベルちゃん。 そんな風に頭をさげなくても大丈夫だよ。 お母さんが死んじゃったんだもん。
ショックなのは当然さ。」

怒っているだろう、と思ったのに。
顔をあげて見えたのは、ジャックの爽やかな笑顔だった。
今まであった男の人の中で、一番素敵な笑顔だった。

「…ねぇ、どうしてあなたはあたしたちにこんなに良くしてくれるの?」

この人は赤の他人で、あたしたちには無関係のはずだ。 それに、親を無くした子供なんて関わりたくないはずだ。
現に、そんな陰口を隣のオバサンから聞いた。

ジャックは、悲しそうな顔をして言った。

「僕もね、母親を無くしてるんだ。 君たちと同じくらいの時に。」

「…。」

「僕、小学生くらいの時なかなか友だちが出来なくて、いつも一人ぼっちで寂しくてさ。 母さん、ずっと僕を励ましてくれてたなぁ。
で、ある時学校のリーダー格の男の子を家に呼んで母さんの料理をご馳走したら凄く評判が良くなって。 それで友だちもたくさん出来て。」

ジャックは何かを思い出しているのか、途中途中詰まりながらも話してくれた。

「それで、ある日学校から帰ってきたら。 母さんがキッチンで倒れてたんだ。 お腹に刺し傷がたくさん合ったよ。
急いで病院に担ぎ込んで貰ったら、『もう助かりません』なんて簡単に言われてさ。 でも、僕はずっと母さんが助かると信じてたんだ。」

ジャックの顔がますます暗くなる。

「でも、結局母さんは僕のところに戻ってこなかった。」

ジャックは、目頭を抑えている。 顔を下げていてあたしに泣いているところを見せたくないんだろう。

「だから、僕は警察官になったんだ。 こんな風に家族や友達を殺されてしまった人を助けるため。
悪いヤツを捕まえるためにね。」

「どう? 悪いヤツは捕まえられそう?」

ジャックは、ゆっくり首を横に降る。
悲しい過去と向き合うために、警察官と言う正義の味方になったのに。
その正義の味方がことごとく否定される時代になってしまった。 ジャックも立場的にも辛いだろう。

「現実ってなかなか辛いね。」

「子供に愚痴を吐くなんて、大人げないわよ。」

「あはは、ベルちゃんはかっこいいなぁ…」

何を言ってるんだろう、この人は。
男の人ってたまに不思議なことをいう。

「でも、一方的でも話を聞いてくれて嬉しい。 ありがとう。」

また、ジャックが笑ってくれた。 なんだか、ジャックが笑顔になってくれるとあたしも嬉しくなる。
ジャックの笑顔はそれだけ、素敵って事なのか。 前述したかもしれないけどね。

「…あたし、寝るわ。 おやすみジャック、また明日。」

「あ、待ってベルちゃん!」

ジャックが慌てて言う。 歩き出したあたしはわずかに首をジャックに向ける。

「ベルちゃん、顔が赤いよ。 熱があるかもしれないから、なるべくお腹を冷やさないように寝てね?」