『観察日記 4月10日 一日目
今日からターゲットである平峯智巳の観察を始める。まだ一言も話したことのない相手なので未知な相手だが、しっかり探っていこうと思う』

 のどかな昼下がりの授業中、私はノートの上でペンを躍らせていた。もちろん勉強なんかじゃなく、梓美から頼まれた平峯の観察日記を書くためだ。
 頭周辺がさびしい社会教師の授業を聞き流しながら、私は斜め前をちらりと見つめた。
 そこには女子より肌の白そうな男の子が座っている。周りが眠たげに目をこすっている中、彼だけが熱心に授業を聞いていた。黒い髪は撫でたら気持ちよさそうなくらいサラサラだ。不思議な雰囲気を持つ彼を、私は頬杖をつきながら見続けた。彼の後姿を目に焼き付ける。
 そう、斜め前に座っている彼こそが今回のターゲット、平峯だ。
 窓から吹いてくる柔らかい風に目を細め、私は平峯を見るのをやめて手を動かした。観察日記に平峯の後姿を書いていく。私にとって唯一と言っていい特技は模写だった。だから平峯の後姿も難なく描けた。もう少し細部を描きたいと、また平峯を見たとき、ふいに彼が振り返った。その瞬間、私は高速で首を180度曲げて窓の方を向いた。
 心臓が早鐘みたいにガンガンなる。頬に集中した熱を意識しながら、全力でなんでもないふりを装った。
 私の全神経を注いだ演技のおかげか、彼は何事もなかったかのように黒板へと顔を向ける。私は深い安堵のため息をつきながら、今度は慎重に観察を再開した。

 観察には絶対守らなければならない二つの掟がある。
 一つ目は「観察日記をつけていることが本人にバレてはいけない」こと。
 二つ目は「平峯智巳に恋をしてはいけない」こと。