「俺。入るよ」
「どーぞ」

カチャ、とドアを押し開けた。

「………ギリギリね。いつも10分前には着くようにって教えてるじゃない」
「あートラブって」

さっちゃんの向かいの席に葵を座らせながら答えた。俺はそのとなりに座る。
言い訳なんか聞きたくないわと俺を一瞥して、葵に笑顔を向けた。

「こんにちは」
「………」

何も言わない彼女を見ても、動じない。
さすがに慣れているのか。

「お名前は?」
「………」

不安げに俺を見る。
繋いだ手が、小刻みに振るえていた。

「葵、教えただろ?」

できるだけ優しく笑って、口パクで2回繰り返す。

(「私は日向葵です」)

「ひ…ひなた、あおいです」
「葵ちゃんね」

さっちゃんは普段の姿から想像もつかないような優しい顔で笑った。