ロビーの椅子に座って、さっちゃんが口火を切った。


「はじめまして、私ちとせの保護者のようなもので、吉田皐月と申します」


言いながら名刺を出す。
葵の母親は名刺を受け取ると、頭を下げた。俺はさっちゃんにこの人は耳が聞こえないんだと説明した。


「あらそう。なら紙とペン」


さっちゃんが言い終わらないうちに、小春さんがあのノートとボールペンを差し出して、遠慮がちに微笑んだ。


[あなたは葵ちゃんの母親なんですよね?]

[あの子は『葵』と呼ばれているんですね……]

[ええ、ちとせが決めたんです。日向葵って。私はあなたがちゃんとした大人だと前提して、いろいろと行動を起こすつもりです。よろしいですね?]

[私は]


彼女は間を開けて文字を書き込み、小さく息を吸った。


[あの子になにもしてやれなかった。あの子を守ることすらできなかった。母親だと名乗る資格はありません。どうか吉田さん、ちとせくん、真央をよろしくお願いします]


彼女は泣きながら俺達に頭を下げた。
さっちゃんはなにか言いたげだったけれど、結局頷いただけだった。



俺?


俺は、これからも葵と暮らせるのかどうかで頭がいっぱいで、せっかく話をするためについて来て居たのに、何にもできなかった。




けれども、そうはいかなかった。