ハコイリムスメ。

頭にカッと血が上るのを感じた。

冗談はよしてくれというどなり声がして、それが自分から発せられたものだとしばらく気付かなかった。

耳が聞こえないのだと思いだして、怒鳴ったままにノートに書き殴る。

ぐちゃぐちゃにつぶれた文字が俺の動揺を表しているようで、苦痛だった。




[そんなに怒らないで?ご近所に聞こえてしまうわ]

[それがなんだっていうんだ、俺には関係ない]

[あの人にばれでもしたら、殺されてしまう]



物騒な文字に顔をあげると、葵の母親は不安げにあたりを見回していた。
あの人、とはおそらく葵の父親なのだろう。
訊いてみると、そうよ、と短い返答があった。



[真央はどうしていますか]



ずうずうしい、と思った。
そんな見せかけの心配だなんて反吐が出る。



[気安く呼ぶんじゃねー。探しもしなかった癖に、なにが『元気ですか』、だ]

[……そんなことしたら、殺されてしまうわ]

[さっきから何度も何度も。あんた、自分の旦那がそんなに怖いのか]

[恐ろしいの]

[何がだ]

[あの人のことが。ねえ知っている、ちとせくん。世の中には自分の経歴にほんの少しの傷をつけたって理由だけで、平気で人を殴れる人がいるのよ]



長い文章をあっという間に書きあげてから、どこか遠くを見つめて、泣きだした。