女の人は俺の様子を見て、申し訳なさそうに首を振った。
最初、それは「そんな子は知らない」という意味だと解釈した俺は、だから、失敗した、写真を見せるべきだったと思ってケータイを取り出そうとしたんだ。
だけれど、長く白い人差し指で自らの耳と口を示してから、顔の前でスッスッと2度手を振る様子から、『耳が聞こえない、話せない』の意味を汲んで、俺はハッと顔を上げた。
彼女は「気にしないで」とでも言うように笑ってから、花壇の水やりを再開した。
気にしないで、じゃ、ねーだろ。
俺はアンタに用事があるんだ。
庭へと続く数段の階段をスニーカーで駆け上がり、おじゃましますも言わないで庭に踏み込む。
驚いたように俺を見るその顔の鼻先に、いつだったか葵を撮った画像を突きつけ、そして聴こえていないとわかっているけれど、怒鳴った。
「あんたは知ってるはずなんだ!」
女の人は水をまいていたジョウロを足元に落とした。手入れされた芝生に、透明な水が小さな音を立てながらこぼれる。俺のケータイを両手で握りしめ見つめて、彼女は水で濡れた芝生の上に両膝をつくように崩れ落ちた。

