生前ばあちゃんが貸してくれた本に、いたはずだ。

ヒマワリって読める漢字の主人公…。



「多分、これだった…」

たくさんの背表紙が俺を見つめる本棚から、そう厚くない一冊の文庫本を引き出す。

「日向葵…ヒマワリ」



ピッタリだ。
俺は満足げに少しだけ笑ってから、本を片手にベランダに戻った。



少女は部屋とベランダとの境界あたりに座り込んだまま、ひまわりとそして眼下に広がる東京の街を見下ろしていた。

「なぁ、ここみて」


俺がそう言いながら人差し指で【向日葵】の文字列を指し示すと、ひまわりから目を放して、少女はページを覗きこんだ。

「………う?」

見上げられて、またどぎまぎした。


さっきからなんだ、俺。
っていうかなんで俺が赤面しなくちゃいけないんですか。





「これ、ひまわりって読めるんだ」
「ひまわり…?」
「で、『ヒナタアオイ』とも読めるの」
「ヒナタ…?」

ゆっくり繰り返す。

「ヒナタ、アオイ」
「ヒナタ、アオイ…?」

俺はまた何やら満足感が込み上げてくるのを感じた。

「じゃ、言ってみ?『私は、日向葵です』はい」

俺の掛け声に反応して、彼女は口を開いた。

「わたしは…日向…葵です?」

不安げに見上げられて、誉めてやることにした。

ぽんぽん頭を撫でて、

「ん、葵。よくできました」

と言うと、『葵』と名付けられた少女は、また不思議そうに首をかしげた。




それから、ふわあってやわらかく笑う。
見ているこっちもつられて笑っちまうほど、綺麗で優しい笑顔だった。