ハコイリムスメ。




俺が作ってきた水ようかんと一緒に、礼次郎さんが入れてくれたお茶を飲んだ。
冷たい緑茶はとても美味しくて、ずいぶんくつろいだ気持ちになる。


そうして、俺たちの汗が十分引けたころ、2階のアトリエに案内してくれた。


「さあ、好きに見てくれてかまわないから」



礼次郎さんがそう言って扉を押しあけると、そこはいろいろな画材、さまざまな大きさのキャンバス、俺が見たこともないように器具、いろんなものが無造作に置かれていた。

薄い布で覆われた、描きかけの絵も一枚。






「わあ…!」


葵は目をキラキラと輝かせて、壁に掛けられていた絵を食い入るように見つめ始めた。
礼次郎さんの絵は、葵の絵とどこか似ていた。


本物より本物らしく。

幻想的で、かつ、どことなくさみしげな。





葵にとって、この部屋に続くあの扉は魔法の扉らしかった。



「日向くんは」

礼次郎さんは葵のことを「日向くん」と呼んだ。
呼んでから俺に向かって「男女の区別なく『君づけ』で呼ぶのが癖なんだ」と説明した。

「日向くんは、キャンバスに絵を描いたことがあるかね?」

「えええっと、ないです」


葵は少しだけ考えた後、はきはきとそう答えた。

確かに葵がいつも絵を描くのは、スケッチブックや落書き帳、ある時は広告の裏なんてこともあった。
要は描けさえすれば何でもいいらしい。



「それなら、どうだね、ためしに描いてみるのは」



礼次郎さんは1メートル四方くらいの、でも若干縦の方が長い長方形の大きなキャンバスを指し示した。