「…て、天才だなんて」

俺は自分の娘が褒められたかのように照れた。里奈ちゃんのおじいさんはいや、本気で言っているんだと大真面目な顔で俺を見て、それから葵の後姿に目線を移した。俺もそれを追うように、噴水のスケッチブックに到着した葵たちを見た。

スケッチブックにはすでに何人かの人が集まっていて、指をさして、何やら笑顔で話をしている。中には葵に声をかけている様子の人もいたりして、俺は『天才』っていう形容はまんざら嘘でもないかのような気がしていた。


うれしかったのは、遠目からでも葵が笑っているのがわかったこと。









「…ぜひ、あの子のご両親にお会いしたいのだが」



おじいさんの声は、遠くの葵ではなく俺に向けられたものだった。俺は反射的に声のほうに向きなおり、まずは「なぜですか」と訊ねた。


「あの子の才能は、並みじゃない。今までたくさんの絵を描いてきた、そして見てきた私の勘がそう言っているんじゃ」


自信たっぷりに断言するおじいさんに、俺は少し身を引いた。
里奈ちゃんのお母さんがまったく、と呟いてやれやれと首を振りながら言う。

「もう、お父さんたら。またそんなこと言って…もう画家はお辞めになったんでしょう」
「何を言う、わしは生涯絵描きじゃい」


突然、里奈ちゃんのお母さんとおじいさんとで、立ち上がって口論を始めた。
俺はそれをあわてて止めに入る里奈ちゃんのお父さんに訊いた。

「あのー…画家って、どういうことでしょう」
「え?あ、ああ…お義父さんはね、ちょっと有名な絵描きだったんだよ。西門礼次郎って聞いたことないかな」
「『だった』とはなんだね、修(オサム)君!わしは生涯現役だと言っておるだろう!」
「すみません、お義父さん」

里奈ちゃんのお父さんは苦笑して、俺にああいう人なんだと小さくいたずらっぽくつぶやいた。