なぜ俺が泣いているのか見当もつかないんだろう。



葵は「ひゃあ」と小さな声を上げたきり、何も言わずにじっとしていた。
しばらくして、俺の背中に温かい腕が回された。



「大丈夫?」

温かい手は、俺の背中をポンッポンと軽く叩いた。

大丈夫、だいじょうぶ、ダイジョウブ。
辛いのは俺なんかじゃなくて、花田レイコなんだ。



俺が泣いて何になる?

そもそも何で俺が泣く?








「ん……ごめんな、俺も風呂入ってくる…先に寝ていいから」

俺は葵の腰辺りに回していた腕をほどき、笑顔を顔に張り付けてから葵にそう言った。

「うん、わかったー…」

葵は不思議なのとと不安なのとが入り混じった顔で俺を見つめた後、おやすみ、ちとせくんと言って、自分の部屋に入って行った。




リビングが、異様に静かだった。
あるはずの音でさえすべてどこかに吸い込まれてしまったように感じる。

踏み出した足の裏に直に伝わるフローリングの冷たさでさえ、まるでリアリティがない。