葵が怖がって、ビクリと身を引いた。
俺はそんな葵をかばうように、1歩前に出ながら、もう一度尋ねる。

「誰?そこにいんだろ」



これで猫が出てきたら、笑うしかない。
実際は、猫が出てくるどころか、茂みはカサリとも音を立てず、ただじっとするばかりだった。





何だろう、誰?
それとも、俺の気のせいだったのか?

…そんなわけ、ない。



長いこと実戦から遠ざかっているようで、まだ1カ月程度のもんだ。
こんな短期間で、2年間のカンやら何やらが失われるとは思いがたかった。





息をつめて、半歩、前に踏み出した。

依然応答はなく、静寂だけが辺りを満たす。

「…ちとせ、くん」


小さな声がすぐそばから聞こえて、俺は茂みをにらみつけていた目を緩めた。
それから声の主を振り返る。

葵は小さな手で俺のシャツの裾をキツく握ったまま、消えそうな声で言った。


「もう、いいよ、…ね?帰ろう?」

「え?」



「……帰ろう、おうちに帰ろうよ」

消えそうなだけでなく、震えていた。
声も、葵自身も。




葵が怖がっているのに、これ以上ここにいる意味なんてなかった。
とりあえず俺の世界は、葵中心で回ってるらしい、だから葵が嫌なら、と少し笑った後、手をつないで家に帰った。