涼しくなった午後、俺たちは出かけた。


「これがいいーっ!」

やってきたケータイショップの中で、葵は黄色のケータイを指さしていつものような大きな笑顔を浮かべた。
やっぱり黄色なんだな、と俺は少し笑った後、それを見た。

最新の、ひとつ前の型だった。
画面が大きくて、ボタンも押しやすい。

「いいんじゃん。安いし」
「わーい」

俺は店員のお兄さんを呼んで、それから契約を済ませた。
名義はもちろん「谷神ちとせ」で。
…今更になって思ったけど、俺は葵の本名を知らない。




帰り道に、公園のベンチに座ってコンビニで買ったアイスバーを食べた。
葵は左手にソーダバーを、右手に自分のケータイを何かとても高価で貴重な宝物でも触っているかのように持って、明るく輝く満月にかざした。
ケータイの影が、葵の笑顔に重なった。

「ちとせくん、電話!電話かけたい!」
「じゃー俺のケータイにかけてみれば?ほら、番号」
「…?よくわかんない」

しきりに首をひねる葵を見て俺はまた笑った後、葵のケータイを操作して、俺の番号とアドレスを登録した。
一番最初のケータイの一番最初の名前は、俺の名前になった。
別に大したことでもないのに、妙に気恥ずかしかった。

「ほら、この名前押して…で、ここで電話のマークのボタン押して」
「えー?」

葵が慣れない手つきで恐る恐るそのボタンを押し、ケータイを耳に当てた。
数秒後、俺のケータイが鳴って、俺が電話に出ると、葵はとても楽しそうに笑った。

「できたっ」
「おー」

葵はまた笑うと、新品のケータイを手の中でくるりと回した。

俺もまた嬉しくて、そのそばで笑ったら、俺のすぐそばで何やら気配がした。




「…!?」




久しぶりの感覚、なんていうかなあ、剥き出しになった神経に、何かが引っ掛かったような。

「誰だ?」

ガサガサ、と茂みが揺れた。