「………えっと……」


花田レイコはそれだけ言って口をつぐみ、うつむいた。
言いにくいことなんだろうか、まあそんなの知らないけどさ。

「言いたくなきゃいいけどさあ、振り回されんのこっちなんだから頼むよマジで」
「………ごめんなさい」
「や、別に謝れとは」



「ちがうのっ!」



小さく叫びながら、ガタン!と花田レイコが立ち上がり、店にいた客がこっちを見たのがわかる。
葵も不思議そうに花田レイコを見上げ、店員は怪訝な表情のやつと、嬉々とした表情のやつとに二分。

「ちょ、座れって」
「ちがうんです、今日だけじゃなくて!」
「はい?」



助けてもらったのに、たくさん迷惑かけちゃったし…それもまず、ごめんなさい。

花田レイコはそう言って一般人の俺に深々と頭を下げた。
俺はというと、ぽかんと間抜け面を貼り付けて、しばらく花田レイコを見つめていた。

「レイコちゃんー?」

葵の不思議そうな声でハッとして、あわてて花田レイコを座らせた。



ええと…………。

「なに?そんなくだらねぇこと言うためにわざわざ?」
「くだらなくなんか……!」
「イマサラ気にしてねぇよー、迷惑ったって、たかだか3日間くらいのもんだったし。俺が騒がれたのは」

受け身な日本人が、熱されやすく冷まされやすい人種で助かった。
あっという間にみんな俺と花田レイコの騒動を忘れてくれたから。



「いつまでも気になんかしてんなよ。大人気アイドルが」

俺がおどけて最後のセリフを付け加えると、花田レイコは泣き笑いの顔になった。

「ありがとう」

そう笑う彼女はやっぱり『トップアイドル』の名にふさわしく、キレイだった。
顔のことじゃなくて、内面も。



「あなたは…優しいね」
「そうかー?」

俺が首をひねると、横から不服そうな葵の声。

「そうだよーちとせくんは優しいよっ!知らないの?」

知らないの?って葵お前、可愛すぎだからやめて。
花田レイコは俺たちを見て、クスクス笑った。


「彼女…なの?」