「あれ?兄貴は一緒じゃないんすか?」

キョロキョロと自分の兄を俺の周りに探すトオル。
そうか、そうだった…トオルはケンカのこと、しらねーんだった。

「…一緒も何も。俺髪切り行ってただけだもん」

知らなくていいことは、あえて知る必要もない。
俺は適当なことを言ってごまかした。
髪切りに行ったのは本当だったから、いい理由だ。

「ああ!どーりで!なんか違う人に見えて、声掛けようかためらってたんすよ~」

よかったです、ちとせさん本人で!

トオルはトオルで、ニカニカと夏のウザいくらい明るい太陽みたいな笑顔を見せた。
トオルのこういうとこ、俺は嫌いじゃない。
まっすぐで、羨ましい。


「…ちとせさん、」

トオルが急にトーンを落とした。

「ん?」
「ちょっと、今、いいですか!」
「…何?」
「…えーとー…」

ちらり、となゆちゃんを横目で見る。
なゆちゃんはなゆちゃんで、俺を見ていたから少し不審とも言えるトオルの挙動については気づいていないようだった。

「…ここじゃ出来ねー話なわけ?」
「…まあ、別にいい、んで、すけ、ど~…」

わかりにくい奴だな。
歯切れ悪い話し方にもほどがあるだろ。

「はっきり言えよー。なんだ?金の相談なら乗れないぞ、俺バイトも何もしてねーし」
「ち、ちがいますよ!」