小さい頃からちとせには親がいなかった。
私も、一度しか会ったことないわ。
しかもちとせが生まれる前に。


詳しくは知らないけど、ちとせを残してある日突然いなくなってしまったらしいの。

おじいさんもおばあさんも、ちとせをとても大切にしてくれてたみたいだから、コイツは、うん、いくらか幸せに暮らしてきたんだろう…




表面上は。




親に捨てられて苦しくない子供が…悲しくない子供が…この世にいるわけないじゃない。



ちとせは表には絶対出さない。
どんなにその人物に心を開いていても、その暗い影を他人に見せたりしないのよ…


柔らかな物腰で隠して。
人懐っこい笑顔でごまかして。


この私が、気付かないとでも思ってんの?
サト君が、美佐ちゃんが、気付かないとでも?

ねえ、あんたそんなんじゃ駄目になっちゃうよ。


ぐだぐだ考え事をしていたから、あおいちゃんが呼んでいるのに気付かなかった。


「さっちゃんー?」

「ん?」


顔を覗きこまれて、はじめてハッとした。

「ああ、ごめんね…どうしたの?」

「あのね、紙と鉛筆貸してもらえないかなあ?」

「鉛筆?うん、いいよ。ちょっと待っててね」


そう答えると、無垢としか言いようのない笑顔を見せてくれた。

私はこんな風に笑える人を、見たことがない。



「ありがとー」







葵ちゃんが一緒にいることで、ちとせが少しでも弱さを見せられるようになればいい。

もっと泣けばいい。

もっと不平不満を言えばいい。

だって、あんたまだ17歳じゃん。

もっと、わがまま言っていい年齢なんだからさ。


そのために、私協力してあげるわ。
ま、この借りは10倍以上で返してもらうつもりだけどね。