「『谷神さん』ねぇ……」
そっか…俺も有名になったもんだな。
さっきの言葉を分析すればつまり、夜の俺の行いが知らぬ間に夜の街に知れ渡っているということになる。
眉なしのおびえ方からして、どうせろくな噂じゃないということは簡単に察しが付く。さしあたり、「あいつは凶暴だ」だとか、「逮捕されたことがある」だとか、とにかく暴力関係のものなんだろう。
身に覚えはないけれど、一度立ってしまった噂っていうものは、そう簡単にもみ消せるものでもない。
いつもどおりに暮らしていさえすれば、これ以上噂がひどくなることもないだろうし…まあいいか、どうでも。
同じ場所に突っ立ったままで、こんなことを考えていた。
どうでもいいか、とか、まあいいか、とか、よくないっていつも言われてきたけれど…
最近、どうしても全部が全部どうでもいいことなんじゃないかと思えて仕方がないのだ。
「やーありがと、ちとせ」
そこへ、この出番の時を待ってました!!と、店長が黄門様のように登場した。
さっきとは打って変わって穏やかな笑みを浮かべ、腕にはなにやら鉢を抱えていた。
背丈の高い植物が1本生えていて、その葉をどこかで見たことがあるような気がした。
俺はあえて鉢植えには突っ込まずに、「ふざけんなよ、なんなんだあいつらは」と店長に愚痴った。

