刹那との邂逅

 2時間が経過した頃、ようやく蓮の意識が覚醒してきた。

 ゆっくりと瞼を持ち上げると、顔の横には真っ黒な髪の毛が見える。


 「わっ、うわ!!」


 眠りに落ちる前の状況など綺麗さっぱり記憶の飛んでいた蓮は、現状に皆目見当がつかない。

 焦る気持ちを抑えつつ、そっと黒髪の中に埋もれる顔を覗きこむと、おそらく目覚めれば可愛らしいだろう少女が目に映った。

 きゅっと少し目尻が持ち上がった眦に、低すぎではなく控えめな鼻。

 口元はぷっくりと柔らかそうで、ルージュの色ではない、自然な色合いの赤さを持っている。

 頬は柔らかでほんのりとピンク色――だけれど、全体的に細すぎて、柔らかさが削がれている印象が残ってしまうな、などと感じたところで思い出した。


 「え……と。あ、そうか。なんだっけ、買うっつったっけ……」


 ゆっくりと記憶を手繰り寄せて、少女と話をした断片を思い出す。その過程で、蓮を買いたいと申し出たことを思いだし、蓮はため息を吐きながらガシガシと頭を掻いた。


 ――とりあえず、風呂にしよ


 寝落ちている少女にどうすればいいのか悩みつつも、体の汚れを一先ず落そうと蓮は立ち上がった。

 自分が動いても微動だにしない少女を見下ろしてまた逡巡するも、歎息してから毛布を掴む。起こすことは躊躇われて、そっとそれを掛けると慌てて部屋を飛び出した。 

 バスルームに飛び込んで熱いシャワーを浴び、おぼろげに思い出せる会話を再び脳内で再生した。

 そしてまたため息を漏らす。

 頭の上から止めどなく流れる熱と共に、いっそ記憶も流れてなくなればいいのにと思いつつも、次々と蘇る記憶に頭が痛くなる。


 ――なんで連れて帰ってきたかな、俺


 後の祭りとは分かっていても、反省せずにはいられない。

 今さら何事もなく追い出すことが出来るようにも思えず、先ほど目に入った時計が、すでに帰宅から2時間も経過していることを考えれば、このまま放りだすことはあまりにも酷い仕打ちだと思えた。

 考えようによっては、蓮のことを調べ上げて押しかけてきた不審者を摘まみだすことは、社会通念上悪いことではないとも言える。

 しかし、どうしても強く「否」と突っぱねることが蓮には出来ない気持ちに陥っていた。