「3年って、遅すぎだろ」
良く通る、柔らかな声で話し始めた蓮に、周囲の注目が集まる。
黙っていても目を引くのに、声を出してしまえば誰だって普通の人じゃないと分かる。
それもサングラスを取ってしまえば、役者を嗜む学生はもちろんのこと、世間一般の人ならば誰だってすぐに気づくだろう。
彼が椎名蓮であると。
色めき立つ周囲は、それでも蓮の放つオーラと空気を潰せず、ただ唾を飲み込んで状況を見守った。
ただ一人、小春だけが震えて涙を流して落ち着かない。
「だ、って……」
言葉にならずにそう漏らすと、ボロボロっと涙が零れ落ちる。
それを見てフッと笑いながら、蓮は腕を広げた。
「俺の刹那を取り戻しに来た。来い、小春」
蓮からは、スノウとしか呼ばれたことが無かった。
それなのに今、小春のことを名前で呼んだ。
その一言で小春の心臓は鷲掴みにされ、何も考えられずに蓮の胸に飛び込んだ。
「人のこと乱しといて、消えてんじゃねーよ馬鹿」
「だ、って……私のことなんて、どー、でもっ」
「どうでも良けりゃ、さっさとつまみ出してた」
ようやく手に入れた小春を力いっぱい蓮は抱きしめる。
まだ知っていることは、お互いの名前と、その存在、それだけだ。
それでも離しがたくて堪らないのはなぜなんだろうか? そう思いながらも、蓮は涙だけは流すまいと抱きしめながら思う。
あの日触れなかった彼女は、堪らなく温かで柔らかい。
周りが2人の様子にわっと湧くものの、蓮の耳にも、小春の耳にも全く届かない。
しかし気の利く劇団長が蓮の腕を引っ張ると、目立つので中へと誘ってくれた。
劇団のメンバーは10分だけと言って、中に誰も入れずに小舞台を二人の密室にした。
抱き寄せたまま何も話さずにお互いの鼓動を感じながら、ただ二人は3年の月日を埋める。
何物にも代えがたい刹那――それはやはり、一度では終わらせたくないほど価値の在る刹那だった、お互いにそう確信して、同じタイミングで腕を緩め、顔を見合わせた。
「そうだ。忘れてた」
「なに……?」
戸惑うように応える小春に、蓮はフッと頬を緩めて笑いながら胸ポケットから封筒を取り出した。
3年前と全く同じ茶色い封筒に厚み。
それが何を指すのか瞬時に分かった小春は、あ、と声を漏らした。
その表情にニヤリと笑うと、蓮はハッキリと告げる。
「お前の刹那、全部買わせろ」

