『アナタの今日を買わせてください』
なんと言えばいいのか。
どうすれば、自分に椎名蓮の時間をもらえるだろうか。
考えても答えは見つからないままに、一先ずお金を用意しようと、おこずかいやお正月にもらったお年玉など貯めてきたお金をかき集めて、50万円を用意した。
芸能人である彼が、そんなお金につられてくれるとは思えない。
けれど、それくらいの方法しか思いつかず、小春は当たって砕ける気持ちで蓮を直撃した。
買うなんて言葉が出たのは、気が動転していてのことで、言ったあとにしまったと思った。
蓮のぶつけてくる不審に満ちた瞳。
それに気が引ける部分もあった。けれどそれ以上に、テレビには映ったことのないその表情に、小春は感動してしまったのだ。
そのまま家にまで追いかけたのは、興奮と勢いとしかいいようがない。
そして……無理やりに掴み得た刹那は、堪らなく小春の胸を締め付け、いつまでたっても忘れられないものになった。
ただの憧れだったのに、一日のたった数時間で本気で蓮に恋をしてしまったのは、小春が俳優としての彼を、人間の男として意識してしまったからかもしれない。
『お前が消えても、俺の中でお前は消えない』
その言葉を聞いて涙が止まらなくなったのは、本当に自分が消えるかもしれない、そう思ったからだ。
そして、夢心地だった世界から、唐突にリアルに戻ってきた。
やはり、この人は小春などには手が届かない、俳優だったのだと――
囁く声。
瞳。
温もり。
近づきすぎた距離に、ようやく現実が夢見たままの脳を揺さぶる。
遠い存在だと再認識し、近くなりすぎた距離に耐え切れなくて、自分の気持ちが引き返せなくなって爆発する前に逃げようと思った。
約束通りにお金を無理矢理置いて部屋を出る。
これで小春は手術でもし死んだとしても何の未練もない、そう思えるはずだった。
その予定で、お仕掛けたのだ。
けれど――何物にも代えがたい刹那を、もう二度と手に入れることが出来ないなんて悔しすぎる、そう思う小春が居た。
また……もう一度、幸せな刹那を手に入れるため。
手に入れたから、もう手に入らなくてもかまわない、と言う気持ちを捨て、またを願って手術に臨んだ。
そうして恐れていたのに呆気なく終わった手術は、小春をますます強くさせた。
昔断念したバレエの舞台。
体力が持たなくて途中で挫折したのは、中学入学して間もなくのことであった。
しかし普通の舞台役者なら、そう思って演劇の戸を叩いた。
そして今、3年の時を経て小春が大事にし続けた刹那の欠片――椎名蓮が目の前に現れたのだ。

