刹那との邂逅

 あの時のスノウは……彼女は、自分のことで頭がいっぱいで、きっと蓮の気持ちだなんて考えたことはないだろう。

 そうでなければ、ロクに挨拶もせずお金を置いて出て行くだなんてことを出来たはずがない。

 そして逆に、彼女の方は蓮に何の気もなかったのかもしれないと思う。

 ただの憧れで終わった。だから蓮に何の一言も言わずに出て行ったのだろうか。

 だとすれば、やはり蓮の気持ちに感づいて重くなったのだろうか? 

 いろいろな想像が交錯するけれど、答えなど出てこない。

 そして結論は結局、一つのところへ辿りつく。


 ――今になってあの意思の固そうな彼女が、なぜ自分にコンタクトを取ってきたんだ?



 そんなことを考えながら、目の前で繰り広げられる舞台に、蓮は徐々にのめり込んでいった。

 時折自分の耳に飛び込んでくる大きなスノウの声。小さくて少し高めの声だったのに、今では大声を張り上げて少しばかりなら低い声だって出せている。

 蓮が言ったのだ、お前も役者やってみれば、と。その言葉を思い出して蓮は笑った。

 あの時スノウは、そんなの無理だと言わんばかりの反応だった。それなのに今や、立派な舞台役者だ。


 ――一体どうしてそうなったんだ?


 いくらでも問いかけたいことがあるのに、その問いも答えも、舞台の上の彼女からは返ってこない。


 そんなあれこれの想いを交錯させていたら、舞台はいよいよ大詰めを迎えていた。

 主人公の娘が、アルツハイマー病を罹い自分を娘と認識できない父と共に、過去の父を遡っていくというストーリーで、アルバムの写真を見て当時のその場所を尋ねていくという話だった。

 しかしどうしても母親と初めて出会った場所が思い出せないことに父が苦悩し、こんなくだらないことはもうやめようと父が言い始める。

 けれど娘は諦めきれず、手がかりのアルバムと父の友人の話を聞きながらようやくそれらしい場所を割り出す事に成功した。

 内緒でその場所に連れて行ってみれば、忘れていたことが嘘のように父は思い出の地へと走り始めた。

 そうして辿りついたチューリップ畑で父親は涙して崩れて言う。


 「ここで私は刹那と邂逅した」と。刹那=一瞬との、邂逅=偶然の出会い。


 その刹那との出会いで、妻を愛し、娘が生まれた幸せな日々を父親は思い出す。

 フラッシュバックするかのように一度にそれらを思いだした彼は、ようやく目の前に立つ少女が自分の娘だと気が付き、号泣する二人は抱きしめあうと言ったシーンで舞台は幕を下りた。