刹那との邂逅

 苦い想いをしつつも、顔をそう曇らせるでもなく、日野は昨年のことを思い出した。

 あの時もそう……ふと何かを感じた彼が、何もかもを振り切って祖母のところへ行きたいと駄々を捏ねた。

 その切羽詰った様子に今日と同じく日野はノーと言いきれず、スケジュールをなんとか詰めて半日だけの自由時間を作ったのだ。

 その後何食わぬ顔をして過ごす蓮に、一体なんだったんだ? と苛立ちを覚えた。

 しかし一週間後。

 彼の祖母は息を引き取った。老衰だというから、人間の死としては幸せなことなのだろう。

 そして不思議にも思ったのだ。老衰を予知できるなどあり得ない、と。

 だから死ぬ間際に、蓮がゆっくりと祖母に会えたことはあまりにも幸運だと思うし、なんて奴だと改めて感じたものだ。

 舞台役者は、親の死に目に会えないものだとよく言われている。それなのに――と。

 彼は何かの第六感をもっているのかもしれない。

 だから去年と同じ目をして出て行った彼の六感を、日野は信じてやりたい気持ちが働いた。



 「蓮、ちゃんと戻ってこいよ」


 呟く日野の顔は、相変わらず晴れたものではないけれど、それでもマネージャーとしてやってやれることはやってやるとでもいうように、力強い足取りで歩き始めた。




 そんな紆余曲折を経て、蓮は舞台【刹那との邂逅―セツナトノカイコウ―】に辿りついた。

 変装用のサングラスに帽子が逆に悪目立ちしている気もしたが、開演ギリギリの時間に来たためか誰にも止められなかった。

 受付の女の子が驚いた顔をした気もしたが、気のせいだと思うことにして、滑り込んだ舞台の客席に慌てて座った。


 ブー


 直後、舞台が始まる前のブザー音が響いて、蓮は懐かしさを覚えた。

 中学、高校、大学とずっと演劇をやってきた。いろんな人間と出会い、いろんな感動を味わって来たのはいつだって舞台だった。

 幕裏に書かれた火の用心の文字。遠くに見える非常口の緑色。斜め上から降るシーリングライト。

 目を瞑るだけでありありと学生のころを思い出す。

 そうして目を開いたと同時に、パッとライトに照らされた舞台が目の前に現れた。

 そして舞台袖から一番に出てきたのは、少女から女性へと変貌したとしか思えないスノウだ。


 ――スノウ……!!


 蓮の目に狂いはなかったと、スノウが目に入った瞬間思った。

 漆黒の髪は3年の間に随分伸びて長くなっている。細すぎた体は少しふっくらしたのか、女性らしい体つきになったように感じた。

 綺麗に澄んだ瞳は、変わらずぱっちりと見開いていて、どんなものでも見透かしているのではないかと感じてしまうほどだ。


 ――俺の心も見透かしていたのか?


 そんなことを思って、小さく笑った。

 笑いつつも、あの少女に限ってそんなことはないだろうと蓮は思う。