そこでふと思い至る事柄と言えば、あまり良いことではない。

 知らない女が目の前にいる。そして自分に用がある。続けられる言葉と言えば――


 「話があるんですけど」


 ――ほら、予想通りだ。

 そう思って蓮は、苦虫を噛んだ。この言い回しの呼び出しなんて人生で腐るほど聞いた、と頭が痛くなる。

 どいつもこいつも、突然人の前に現れては『話がある』と言って人気のないところに呼び出し、つまらない告白をしていく。

 告白を「ツマラナイ」もの。などと言って吐き捨てるのはどうかと思う時期もあった。告白をしてもらって嬉しく思ったり、反面、断って申し訳ないと思う気持ちを併せ持つころもあった。

 けれど、20代も半ばに来た今、しかも自分の職業を考えればそう言った気持ちからも遠ざかってしまうのを許して欲しいとさえ誰とはなく乞うてしまう。

 下手に断って騒がれでもした日にはろくなことが無いのだから。

 さらにはあらぬ噂でも立てられようものなら、それこそ人生を……芸能人生を大きく揺るがすほどのものとなってしまうのだから。


 「すみませんが、今プライベートな時間なので勘弁してもらえませんか」


 いっぱしの芸能人らしくそう告げると、目の前の彼女はゆっくりと首を傾げた。少し逡巡してから、あぁ、と声を漏れでた言葉に納得した様子が見うけられる。

 それを感じ取った蓮は、どうやら相手が馬鹿ではないらしいと安堵して、再びくるりと身体を回転させた。何にせよ、今は体がだるいし、眠たくて仕方がない。

 しかし相手は蓮の想像を超えて、予想外にも強気の行動に出た。

 「わざわざアナタが自由な時間を調べて来たので、当たり前ですよね」

 調べてきた、その物騒な単語につられて蓮は、折角エントランスから抜け出そうとしていた身体を歪(いびつ)に上半身だけ捻った。

 「調べて? 君、それどういうこと」

 重い身体を動かしたくはないが、彼女の口から滑り出た言葉を振り捨てるのは怖すぎる。

 そんな思いで、ますます険しい表情を作りながら、より陰険な態度を取るが相手は蓮よりさらに上手なようだ。見下ろす形で、平静には見られない、悪意むき出しの表情の連にも一向に引く様子がない。

 低いヒールで大理石にカツカツと音を立てながら近づいてくると、鞄から突如彼女は封筒を取り出した。

 そうして、蓮の人生で、最も衝撃的とも言える一言を発した。




 「アナタの今日を買わせてください」