刹那との邂逅

 それから特別何をするでもなく、蓮はなるべく少女の存在を意識しないようにしながら、いつもの休日と同じように過ごした。

 部屋を片付け、掃除機をかけ、洗濯を干す。

 芸能人と言えども私生活は一般人のそれと同じで、甲斐甲斐しく世話をしてくれるような連れ合いも居なければ、親に構われるような年齢でもなくなった男のやることと大差はない。
 
 しかし少女はと言えば何をするにも興味津々なようで、蓮の一部始終を見て楽しんでいるようだ。

 けれど洗濯機から洗濯物を持ち出したあたりで、流石に男性下着を見せるのはいかがなものかと気が付き、離れていろと蓮は声を掛けた。

 ぴょこぴょことくっ付いて歩いてくる少女を最初は疎ましく感じないでもなかったが、時間が経過するにつれ、慣れて来たのか嫌な気持ちはなくなった。

 存在が不自然でなくなって、後ろをついてくるのが当たり前のように感じ始めている。そうして慣れてきたころに蓮は不思議な気持ちを抱いていた。


 ――こんなやつ、今までいたか?


 男友達は別として、仕事関係以外で接する女性のほとんどは蓮の顔を見て近づいてくる人間が多かった。

 自然、蓮に対して何かをしてあげようという意思を持って手を出して来たり、無為に話しかけてきたりと忙しい。

 付き合った女性ですら、蓮に構ってもらおうと必死でべたべたとしてくるもので、うんざりしたことも多い。

 時折距離を置きたかったり、無口になって黙り込んでしまうとすぐに拗ねる。

 舞台の方が詰まっていて会えないと言えば冷たいと返され、記念日がどうのこうのと言っては最終的には顔だけね、と罵ってくるなんてこともあったほどだ。

 ただ傍に居てそっと見守るように近くにいるなんてことはなくて、その慣れない感覚は最初こそ不安ではあったけれど、馴染んでくるとなぜか妙な心地よさを抱き始めていた。



 「飯、食うか?」


 時計の針が11時半を指す頃、いい加減腹が減ったと思った蓮は、今まで全く会話らしい会話をしてこなかったのにも関わらず、突然少女に声を掛けた。

 自分に対して声がかかると思ってはいなかった少女は、少し離れた場所から慌てて顔を上げ目をきょろきょろと動かす。

 そうして、蓮が話しかける相手が自分しかいないことに理解が及んで、自分を人差し指でさした。

 指先が少しばかり鼻先がへこむほどに押し込まれていて、そんな少女の動きに蓮は小さく笑いを漏らした。