続 音の生まれる場所(下)

「母は…小さな頃から僕に音楽の楽しさを教えてくれた。自分が幼い頃習いたかったピアノを習わせてくれたり…中学になってペットを始めたらマウスピースを買ってくれたりして。お金がかかるのに偉い先生に師事して貰えるよう働きかけてくれて、おかげで僕は…水野先生の楽器に出会えた…」

お母さんの話をしてる時の坂本さんの顔は優しそうだった。

「あのまま…演奏家として活動してた方が楽に生きれたかもしれない。でも僕は…どうしても楽器を作りたかった…。水野先生のような自由に音が出せる楽器を作って、それを多くの演奏家に吹いてもらいたかった…」

世界中の演奏家に自分の楽器を使ってもらいたい…。
いつかそうなれるように…と彼はずっと努力してきた…。

「自分が楽器作りを始めたきっかけを、思い出させてくれたのはユリアの歌声。だから今でも少し頭が上がらない…」

ワガママを聞いてしまうのもそのせいなんだと言ってるみたい。軽く許しを請うようにも聞こえた。

「…ユリアが工房へ顔を出すようになって、周りの雰囲気が少しずつ変わり始めた。訝しげに僕を疎んでいた職人達からも声をかけて貰えるようになったし、少しずつ楽器作りも教われるようになった…」

「…良かったですね」

心から出た本音。話し始めて、やっと彼が私の方を向いた。

「…うん…嬉しかった…」

子供みたいな表情で微笑む。その表情が可愛くて、なんだか胸があったかくなる…。

「…それから…どうしたんですか?」

泣き出しそうになるのを我慢して聞いた。坂本さんは工房で楽器作りを学びながら、それまでの自分を反省したと振り返った。

「毎週のように遊んでた女の子達とは縁を切った。中にはしつこい子もいて困ったけど、レオンが間に立ってくれて。彼は僕の方から言い寄ったとは知らなくて、相手が勝手に言い寄って来ると勘違いしたんだ…」

交際を断り続ける彼を見てたから、『NO…Girl Friend …』と言ったらしい。

「お粗末な話だけど…」

照れくさそうにする。人間らしい彼の一面が見られて少しホッ…とした。

「それからは楽器作りに熱中したよ。劇場にも一人で通ったし、たまに行くとしてもユリアと一緒だった」
「ユリアさんのことは…好きにならなかったんですか?」

楽器作りの初心も思い出させてくれて、職人達との架け橋にもなってくれた…そんな彼女を想わない筈がない…。

「……全く…と言ったら嘘になるかな…」
(そうだよね…特別優しいもん…ユリアさんには……)

「でも…彼女はレオンの恋人だから…」
「えっ⁉︎ 」

驚いてしまった。さっきの二人の姿が思い浮かんだ…。

「気づかなかった?」
「はい…全然……」

クスッと小さな笑い。さっきのお店でレオンさんがドイツ語で言った言葉を彼が明かした。