視界に見えるもの全てに今までの記憶が重なる。

 料理をする母の手元を興味深く見入っていたこと、暖炉でパイプをふかす父から多くの学びを得たこと。

 次々と押し寄せる記憶は、留まりたいと叫ぶ己の心なのだと握った手に力を込める。

 過去の思い出にすがってもラーファンが戻ってくる訳じゃない、背負った罪が消える訳じゃない。

 ナシェリオは後ろ髪を引かれる思いに歯を食いしばり戸を閉めた。

 厩に戻り、荷物を馬に預けて手綱を握る。

 断ち切れない未練に足取りは重く、時間をかけて村の入り口にたどり着くと再び振り返った。

 惜しむように村を見渡す。

「──さよなら」

 か細くつぶやいて馬に飛び乗り、星の瞬く空を仰ぎ見て躊躇いを振り捨てるためにあらん限りで走らせた。