『喫茶エスポワール』。

ここは「今はこじゃれたカフェなんかが流行っているが、そんなの嫌!本当に行きたいのは、学生時代にあった喫茶店なんだ!」という、そんなマスターの無駄なこだわりよろしく『昔ながらの喫茶店』をコンセプトに作られた喫茶店だ。

取り揃えておりますメニューは、マスターが言う「こじゃれた」カフェにあるようなものではなく、
定番のナポリタンやサンドウィッチ、メロンクリームソーダ。

店内も、全体的に煉瓦色っぽいというか、茶色というか、まさしく『昔ながらの喫茶店』そのもの。

マスターいわゆるこだわりの内層らしい。


「学生時代に通っていた喫茶店をイメージしたんだ」と、マスターは毎度、店を開店する度に想い出を回想しては紗江へ自慢をする。

とはいえ今の時代は平成だ。
スタッフもそれなりに若い子を揃えればいいのに、彼曰く「あんまり若い子だとイメージにそぐわないんだよね」という徹底ぶりに、もちろん28歳という微妙なお年頃の彼女の眉が動かなかった訳ではない。

そんな訳で『喫茶エスポワール』のスタッフは、マスターと紗江、そしてパートである50代主婦「響子さん」の3人だけである。

こだわりを持った男の人は面倒臭いというのは、どの年代も同じらしい。


ああ、でも『教授』はきっと違うな…。
だってあんな風に知的なんだもの。

紗江はうっとりと妄想を膨らませる。


「内海さん。俺、今のうちにまかない食べてきてもいいかな?」

マスターは、あまりに閑散とした店内を見渡して言った。
『教授』のプライバシー詮索もそこそこに飽きたらしかった。



「ええ、どうぞ」

「悪いね、じゃあ」


店の奥、休憩室へ姿を消すマスターを見もせず、紗江は返す。
洗った食器を拭きながら、俄然視線はカウンターの向こうにあるままだ。


「………」


『教授』は、ノートに何かを書き付けつつカップに口をつける。
その骨ばった手で、小さな鉛筆を持ちにくそうにしながら。


1枚。2枚。3枚と、皿を拭いていくのと同時に『教授』を盗み見るのはとても興味深かった。

思い切り眉をひそめて唸っていると思えば、何を思いついたのかパアッと明るい表情が浮かんでまたノートへ書きつけている。


ひたすらに顔をしかめる勉強のそれとも、また違う。

一体、彼は毎週ここへ来ては何を書いているのだろう?