紅茶カップに口をつけようとしていた紗江の動きが、ピクリと止まった。
「…別にモテようとも思いませんけど」
「ふーん?」
ほんの少し冷め始めた紅茶は、どことなく苦味が強いように感じる。
彼は再び大口を開け、あっというまにサンドイッチ一つを平らげていく。
「まあ、お嬢さんの自論で言えば『好きでもない男にモテても意味がない』ってとこかな」
「……」
「でも、いつどこでどんな風にどの人を好きになるか分からないじゃないか。
なのに最初からその可能性を自分で握り潰してしまうのは、勿体無いんじゃないかなあ」
「………………」
「ほら、もしかしたら僕のことを好きになるかもしれないでしょ」
一瞬の、沈黙。
「誰がですか」
「お嬢さんが僕を」
「頭、膿んでるんですか?」
「手厳しいなあ〜」
紗江の切れる反応にも、飯村は少しも堪えていないようだ。
既に手は二つ目のサンドイッチに伸びている。
「人が予測断言出来ないものは、未来と心の移り変わりだよ」
「ありえません。絶対」
「じゃあ仮にお嬢さんが僕とデートしたとしても、ありえない?」
「ありえません」
「…でもお嬢さんの自論じゃ、若い人の恋愛は知らないって感じだよね。
達観しているというか、年寄り臭いというか」
「知ってます、失礼な」
「ほんとに?」
「だって人並みに恋愛してきましたもん」
「そう、なら年を食った僕より若い子のデート先とか知ってる筈だよね?」
「ええ、そりゃあもう」
「じゃあ今週末に教えてくれない?実地で」
「いいですとも!…………え、実地で?」
指についたケチャップを舐めながら、飯村はニヤリと笑った。
「誰もデートとは言ってないよ?
実地検証さ、実地検証。
小説の中に、若い子がデートする場所の描写も必要だからねえ」
「いえ、あの…」
「いやあ良かったなあ、お嬢さんが見かけ通り責任感のある女の子で!
まさかまさか、今更僕に協力出来ないとか、自分の発言を取り消すような無責任な子ではないみたいだ」
やられた。
紗江は、わざとらしくハキハキと喋る飯村の態度に直感した。
いつの間にか彼が望む方向に話が向かっている。
いや、向かっているというより既に終着を迎えているのだ。

