(…俺なら、河下を放っとくようなことなんてしない)



靄のかかった悔しさから、無意識的に右手で拳を握る。



小百合は、視界に水が噴き出す噴水を映した。



「私ばっかり好き、みたいで不安だった。ワガママだよね、私。…ねえ、松嶋」



小百合に名を呼ばれ、亮人は我に帰ると
「なに?」と彼女の方を見る。



小百合は少し間をあけた後、独り言でも呟くかのように、言った。





「…本当に相手を想う恋って、
 なんなんだろうね」





小百合がそう言った刹那、校舎中に大きな鐘の音が鳴り響き、亮人は返事をするタイミングを失った。



小百合が立ち上がって、セーラー服のスカートの裾をはたく。



「変な話して、ゴメン。じゃあね」



亮人に背を向けて、小百合は歩き出す。



亮人は反射的に言葉を発した。



「…なぁ、河下」



「…え?なに?」



小百合が振り返って、その焦げ茶色の瞳を亮人の黒い瞳に合わす。



亮人は唾を飲み込んだあと、半ば叫ぶように言った。



「放課後さ、また中庭に来てくれよ」



小百合は動きを止めて考えるような素振りを見せたあと、「わかった」と言の葉を残して、去っていった。


やがて、一人になった亮人。



しばらく亮人は、人気の消えた、ベンチの片端を見つめていた。



目を伏せ、ひとりごちる。



「…俺なら、寂しがらせたりなんて、
 絶対にしねえのに」



そう言って、顔をあげた瞬間。



また、校舎中を震わせるようなチャイムが亮人の耳に入り、気がついた。



(あ、弁当食ってねえ!やば、しかもぜったい遅刻!)



大慌てで弁当箱を風呂敷に包み、ベンチから跳ね上がるように立つと、全速力で扉に駆けていく。



亮人が花壇の隣を抜けた時、咲いていたラッパスイセンが風に揺れた。