「――違うのよ、兄さん」
それを告げてしまうのは、やはり躊躇われた。心配をかけてしまうだけなのは明白だから。……兄への、想いにも心の奥で触れながら話さなければいけないことでもあるから、動揺している今は余計に辛い。
努めていつも通り。冷静がすぎて勘づかれるといけないからいつも通り。いつものわたしらしく、
ああいった気持ちのもとに触れらるとこうなってしまうのだと、けれど苦しくないことなのだと微笑んでみせたわたしの肌は、わりと即効性のある薬のお陰でなだらかな通常のものへと落ち着いてきていた。
「好きな人に、でもなのか?」
「っ」
「さっきあいつに言ってたから」
「……――、それは、多分大丈夫よ」
「ごめんな。踏み込むことじゃないかもしれないけど……」
「うん。――大丈夫よ」
「…………」
「仕方ないじゃない。なっちゃうものは仕方ない。酷いときでも点滴すればすぐ治るんだし。――仕方のないことだなんて、兄さんはわかってくれるでしょう?」
「……………………、けど、今より酷くなるようなら」
「わかってる。ちゃんともっと病院に行くわ」
「それもあるけど、ちゃんと、僕に言うこと」
僕たちはずっと、そうしてきただろう? ――兄の目はそう告げていた。
わたしは、はいと頷いた。嘘をつくことは嫌だったけれど、兄がとても頼りなげに言うものだから、安心を与えたかった。
眠れぬ夜の兄にそうしてきたように、その手を握る。けれどいつもとは違う。一瞬だけ、力加減はさっき吹いた風のようにささやかに。
少しだけ箍を外したくなったのだ。だってこんなに鈍感で勘もよくて妹思いで弱くて強い兄が、やっぱり堪らなく愛しく感じた。阿呆な兄。当然だけれど、自分じゃないと思い込んで、わたしとわたしの好きな人とのことを心配する兄。
抱きしめて、思い知らせてやりたくなったのだ。だから、二人だけの秘密ごと、昔は二人だけの部屋だった兄の部屋での秘密な行為を。一瞬だけ、オブラートに包みながら、今、その手に触れた。



