竹内は親の期待が相当重いらしく、小柄だが見るからに
優等生、親に向かって反論などとてもできそうにない。

色々と疑問は持っていたのだろうが、ここに来て親友の
言葉には心が動く。今まで他の生き方など考えも及ばな

かった。馬車馬の如くわき目も振らず受験勉強に集中し
てきた。親の夢はまさしく自分の夢でもあったのだ。

それはただ他の生き方を考えるゆとりも時間もなかった
からだ、又その様に仕向けてきたからだ。そして今
たたずみながら路頭に迷っている。

青白い顔のメガネをかけたのっぽの医学生涌井も、
柔らかに竹内を勇気づける。

「まず自分の内面の問題やと思う。宿命転換、人間革命が
でけて初めて社会革命や。社会がいくらようなっても、

人間生命の濁りはようならんと思う。現に太古の昔から
嫁と姑の問題や親子の確執。政治と金。ジェラシー蔓延

の嫉妬社会はいくら世の中が変わっても、逆を言えば、
これが克服できなければ絶対に世の中は良くならないと思う。

自らをもよい方向に変革し社会をもよい方向に改革して行く
方途は法華経の実践にしかないと思う。この50年間で

世界180カ国に広がり国内では1千万人を超す勢いには
真実があればこそだと思うが、どうだい竹内君?」

「・・・・・・」

「竹内君、勇気を持って法華経研究会に入会しよう。実践に
確信がもてるようになったら、皆で親父さんを説得に行こう
じゃないか。竹内君、人生を変えるには勇気がいる」

竹内はじっとうなだれて二人の意見を聞いている。修は3人
の顔を見比べながら何度もうなづき聞いている。

「どうや竹内君、頑張ってみんなと一緒に
法華経をやろうやないか!」
修は竹内の両手を握り締めて力強く叫んだ。

「・・・親父が何というか」
竹内はやっと顔を上げた。その瞳には涙が一杯たまっていた。
苦渋に満ちた苦悩の極致。

『これはいかんな、追い詰めたらあかん』
修は背筋がぞっとしてすぐさまこう言った。

「ま、堅い話もなんだから、気分転換に大文字山にでも登って
来いよ。頂上まで上ればこの京都の町がよう見える。何年か前

に大文字の送り火の夜に近くで大きなかがり火を焚いて大を犬
にした学生達がいたらしいが、その辺くらいまで行ってきてみ」

鈴木と涌井は、ふと我に返ったように微笑みながら、
「そうですね、元気一杯登って来て、夜に又伺います」

「くれぐれもあまり深刻に思いつめないように竹内君、ええな」
「あ、はい」

竹内も微笑みかけてはいたがその眼差しは虚ろで顔色も青かった。