――校長室前


ドアノブに手を掛け、一つ深呼吸。

此処まで全力で走って来た所為か、緊張からか、結構な量の汗が流れる。でも、そんな汗を拭っている余裕さえもなかった。

(もう退けない)

人の気配はなし。

矢木さんは一体何処へ消えてしまったんだろう。入れ違いになる事は在り得ないし、この中に居るとも考え難い。じゃあ、やっぱり何かあったんじゃ…

(とにかく開けてみないと)

雑念を振り払うように頭を二度ほど左右し、指先に最大の力を込めた。

「!」

のに、まさに空振り。

思わぬ軽い力で開いた扉に、鍵が掛かってなかった事への驚きと不安で動揺する。もしこれが罠だとしたら。

想像するだけで、体中の血液がぐらりと沸き立つ感覚がした。それでも、

進まなきゃ始まらない。始まらなければ、終われないのなら。全てを終わらせる為にも、ぐっと大股で室内に踏み入った。瞬間、

――声が漏れた。


「嘘、だろ…?」

薄暗い部屋の中心で、呆然と立ち尽くす一人の男。俺はこの人を知っている。いや、正確には見たことがある。

「……辻春人」

信じられない光景が目の前に広がっていた。







「君は、…誰?」

これは、夢か幻か。

「俺、ユズリを…ユズ、」

わなわなと両手を顔の位置まで上げ、そのまま頭を抱え込んで泣き崩れた人物は。間違いなく今、ユズリと言った。

「なあ、矢木さんがどうし」

混乱だらけの頭で、それでもこの状況を打破しようと動かした両足。の、足元から感じ取れた妙な違和感に気が付く。

この臭い、この悪寒、まさか、

「?!」