「あなたがユズリちゃんね」
背中越しに向けられた、優しい声。
「春人の母親です。連絡をしたのは私なのだけど、……解るかしら?」
震える身体を強引に掌で押さえつけ、振り返った先には目を真っ赤に腫らした女性が立っていた。先生に、とてもよく似ている。瞳の色も、ぴょんと跳ねた毛先の癖も。
「春人からいつも話を聞いていたの。自分によく似た、目が離せない生徒がいるって」
その言葉に、
堪えていた筈の涙がぼろぼろと毀れた。
私、やっと解ったんだ。やっと気付いた。先生の事が好きなんだって。なのに、もう伝えることも出来ない。この想いを知って貰う機会さえなくなった。
「―――!―――!」
扉の外から、微かに女の人の叫び声が聞えてくる。祈りを乗せたその声は、徐々にこの部屋へと接近してきて、
「春人!」
ふわり、甘い香りが漂った。
「……いや…いやだ、いやだよお…」
小柄で華奢な、可愛らしい人。此処ぞとばかりに庇護欲を掻きたてられる、哀しいぐらいに私とは正反対な人。
「やっと一緒になれるって、…ら、来月、結婚してくれるって、…そう言ったじゃない」
ケッコン?
「春人、はる、…はるとお!」
我を忘れて泣きじゃくる女性の指から、指輪がするりと外れて落ちた。その指輪がコロコロと私の足元まで転がってきて止まる。まるで、拾ってくれと主張するかのように。
「――っ」
私は、
その指輪をそっと拾い上げ、涙で濡れたぐちゃぐちゃな顔のまま逃げ出した。ごめん、ごめんなさい。
どうしても先生の形見が欲しかったんだ。だって、これ、先生からの贈り物だろう?