六月七日、雨


「あー!あかりの友達だっ」

部屋に鳴り響く音楽に反応して、あかりちゃんは嬉々と手を叩いて立ち上がった。そしてそのままの足で、半透明の液晶パネル付き電話の前に駆け寄る。

「あ、音設定してんの?」
「うん。あかりにせがまれてね」
「和也ホント機械つえーよなあ…っとお!」

今日も今日とて親友の家へ入り浸っていた俺は、宿題そっち退けで目の前のゲームに没頭していた。このラスボスが中々に厄介なのだ。

「てか、今の曲なんだっけ?」

目は依然としてゲームの中の敵と睨めっこ中だけど、耳はしっかり現実世界を捉えているから笑える。まあ、このアンバランスさが癖になるっつーか、なんつうか…

「亜貴、本気で言ってる?」
「おお!全然思い出せねえ、……なぁーーーっ!や、やられたあ!」

和也との会話中に、残念。ゲームオーバー。視界は強制的にブラックアウトした。

「あー、やられた。集中切れると無理だわ」

どてっと尻から絨毯の上に落ちて、乱暴にゴーグルを外す。そのままお行儀悪く大の字になれば、笹原兄妹はくつくつと笑って俺を見下ろしていた。今更だけど、無性に恥ずかしい気持ちになる。

「あ、あれ?あかりちゃんもう電話終わったのか?」
「うん!それでね、これから遊びに行って来る事になったよ」

そっか、と照れ隠しに微笑むと。あかりちゃんも満面の笑みを返してくれて。

「次はあっくんが遊んでね?」

そう言ってまた、零れるように微笑んだ。

艶のある細くて長い綺麗な黒髪を耳元で二つに括り、裾がふんわりとしたシフォンのチュニックワンピースの上には薄手のカーディガン。白いワンピースに映えるパステルカラーのピンクは女の子らしくて可愛い。

パッチリとした綺麗な二重は和也にそっくりで、小ぶりで控えめな鼻もつんと筋が通っていて形が良く、カーディガンと同じ淡い桜色に色付く唇もあかりちゃんにピッタリだ。

こりゃ、将来は絶対に美人になるな。

そう言って揶揄うと、決まってお兄さまが「亜貴にはやらないよ?」と。優しく微笑んで額を小突いてきていた。俺はこんなやり取りが堪らなく大好きだったんだ。

「あんまり遅くならないようにね?遅くなるようなら迎えに行くから、連絡入れるんだよ」
「わかった!ありがとう、かずくん」

じゃあ、行ってきますと。

部屋を出る前にもう一度見せてくれた満面の笑み。これが、動くあかりちゃんの最後の姿になるだなんて。

この時は、夢にも思っていなかった。