やばい、チョー帰りたい。

完全に逃げ腰体勢へと移行してしまった俺とは反対に、和也はいつもの冷静さを取り戻したのか、親友の俺でさえ未だに慣れない。本音の見えない。絶妙の表情と空気感で、堂々と構えていた。

「……先輩?違いますヨ、鈴木先輩の事じゃないですから」

優しく、ゆっくり、諭すように言葉を操る。

「続き、話しても良いですか?」

和也の優れた情操に呑まれたのか、先輩はその場にぺたんと大人しく座り込んでいた。その様子を見て、一瞬驚いたもののすぐにほっとする。何故なら、いつもの。俺達のよく知る先輩に戻ってくれていたから。

「ん、ごめんねぇ?和也君…」
「イエイエ、全然ですよ」

この時、俺は和也の事を心底尊敬していた。俺にはきっと、こんな風に収める事は出来ない。無理、絶対に無理。三秒で逃げ出す自信しかない。情けないけど。マジで。

「―――」

ふう、と。二人に気付かれないように小さな溜息を吐く。体育館裏にある道場からは、威勢の良い掛け声と竹刀がぶつかり合う音が聞えてくる。

和也は、先輩を下手に刺激しないように。時間をかけて丁寧に優しく説明をしていた。こんな事、やっぱり俺には無理だ。




「――って言う事何ですケド、」

「先輩は何か知りませんか?」
「校則の事、かぁ」

綺麗に整えられた爪を噛みながら、先輩は僅かに視線を落とす。

「誰に聞いても教えてくれなくテ…」

少し声のトーンを下げて喋る和也に、俺は心の中で拍手喝采をしていた。お前、役者になれるよ!と。

「何か、少しでも教えて貰えませんカ?」

駄目押しだな。

再び心の中で拍手を送り、二人を見遣る。案の定、先輩は意を決したように和也の目を真っ直ぐに見つめた。そして、

「誰も教えてくれないのはね、こんな噂があるからだよ?」
「ウワサ?」
「そう。校則の事を口にしても、違反にされちゃうってゆう噂」

とても、興味深い話を教えてくれた。

「だからこれ以上は、私も教えてあげられないの。リーチもかかってるしねぇ…」

此処までか。そう、思った瞬間

「でもぉ、私の家に来てくれるんならもっと詳しく教えてあげるよ?」

願っても無いチャンスが舞い降りてきた。