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「来てくれたんだ、矢木さん」

えらく年季の入った、鈍い金属音のする扉の向こうから現れた人物を目視し、ほっと胸を撫で下ろす。どうやら俺の祈りは無駄ではなかったみたいだ。

「早速だが、私に一体何の用だ?…まあ、大体の予想はついているけどな」

腕を組みながら、壁に背をあて俯く。そんな矢木さんから少し離れた場所で、俺はスマホを取り出した。

「矢木さんに幾つか聞きたい事がある。まず、このメールを送って来たのは矢木さん、アンタなのか?」

一歩、二歩、

ゆっくりと足を進め、矢木さんの目の前にメール画面を突き出す。すると、矢木さんはジッとその画面に神経を集中させ、数秒後。小さく溜息を吐いた。

「いや、これは私が送ったものではないな。そもそも私が君にメールを送ったのは、アレが最初で最後だ」

そう言いながら、再び溜息を吐く彼女。

「忠告、してやったよな?」
「え?」
「君達は目を付けられている、と」

ギイ、と。

春特有の強い風が吹いた瞬間、開けっ放しになっていた扉が派手に音を立てた。それでも俺達は、微動だにしない。

「目を付けられているってのは、学校にって事だろ?」
「へえ、凄いじゃないか。勘は鋭いらしい」

茶化すように嗤う矢木さんを見て、こっちは真剣なんだよと少しだけ腹が立ったけど。でも、今はそんな事を気に留めている場合じゃあない。

「何で俺と和也なんだ?この学校は何か胡散臭い気がする」

まるで、自分で自分の首を絞めているような感覚。疑問も、謎も、山積みで、途方もない。こんな時、やっぱり和也に頼れたらと思うけどそれは…




「苑田、亜貴」

ふわり、甘く優しい香りが鼻腔を撫でた。

徐に前屈みになる矢木さんは、俺の心臓の上部分を尖った爪で引っ掻いていく。

「もう一度、忠告しといてやろう。これ以上目立つ行動はするな。まだ死にたくないだろう?」
「――っ!…それ、どーゆう意…んんっ!」

くい、と制服を引っ張られ。

気が付いた時には、俺と矢木さんの距離は一ミリもなくなっていた。この感触、温かさ、

「時が来たら教えてやる。それまで大人しく、な?」
「…え、ちょ、ま、……え゙えぇ」
「これは誓いの口付け、という風にでもしといてくれ」

飄々と言ってのける矢木さんに、俺は全身を赤く染め上げる事しか出来なかった。