《6》


〜とある病院〜



「ほんとにいいんですね?」



「はい、決めたので」



「たしかにあなたが近くにいてあげることが一番の治療法にはなると思います。ですがあなたはまだ学生だ。きっと、すごく苦労をすることになる」


「楽な道じゃないことは分かってます。でもわたしがやらなきゃいけないことなんです。」



「わかりました。では自宅療養ということで退院という形にさせていただきます」



「ありがとうございます」




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「慶三さん、あなたはこれからわたしの家で一緒に生活してもらいます」



「あなたと…ですか?」



「はい、そうです。これから住むのはあなたが記憶をなくす以前までずっと住んでいた家です。慣れ親しんだ環境は記憶が戻るきっかけになるかもしれません。」



「………わかりました。やってみます。迷惑をかけると思いますがよろしくお願いします。」



「そんなに固い喋り方じゃなくていいんですよ。私たちは家族なんですから。これからずっと一緒に住むんですよ。ここからは私も普通に喋るね?お父さんって呼んでいいかな?」



「わかったよ。俺は君の父親なんだろ?だったらお父さんと呼ぶのは当たり前じゃないか。」




「…お父さん…お父さんっ!お父さん!お父さん!!!」




「あぁ…暖かいなぁ…君は本当に俺の家族なんだね。」



「…家族だよ。…そしてこれからも。」




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病院生活の時も
慶三は毎日お墓に行くと言った。



家族というピースが抜け落ちた記憶の中に母親の眠る場所は残っていたのだ。




寝て起きて記憶がなくなって、その繰り返しの中でも慶三はお墓に行くことだけはやめなかった。



毎日毎日お墓に行った。



「行かなきゃいけない場所がある」



そう言った。
彼の中に大きく残る「妻」の存在。
長年を共にした人だ。
誰かは思い出せない、でもそこにたしかに自分の大切な人がいる。
記憶がなくなってもそれだけは彼の中に留まり続けた。
その記憶だけが彼の足を動かした。



でも
もう一つ忘れちゃいけないものがあるだろうが。



なんで忘れちまうんだよ。



向日葵のことを。



あの日お墓で向日葵とすれ違った日も
次の日の朝も
その次の日の朝も
その次も、その次も、その次も、


向日葵はいつもお前に声をかけ続けた。話をし続けた。

時々、学校の都合でお見舞いに行けない時もある。

それでも可能な限り病院に足を運んだんだ。





なのに、なんで忘れちまうんだよ。






なんでこんな理不尽なんだ。





世界はなんて残酷なんだ。





僕はなんて……無力なんだ。