《5》
向日葵は
3つ大きな傷を負っている。
1つは母親の死、
2つは父親の記憶喪失、
そして
3つ目は、、、
一一一一一一一一一一一一一一一一一一
〜とある病院〜
「はじめまして水野慶三さん」
「俺は、、、なんでこんなところにいるんだ」
「自分のことはわかりますか?」
「俺は、、痛っ、、頭が割れる、、思い出せない何も」
「私のこともわかりませんか?」
「ごめん、、、何もわからない」
「そうですか、、、」
「俺はなんなんだ、混乱して頭が痛い、」
「いいですか、よく聞いてください。あなたの名前は水野慶三。あなたは記憶喪失になんです」
「記憶喪失、、、」
「はい、記憶喪失です。でも一生記憶が戻らないとは言い切れません。ちょっとしたきっかけで記憶が戻るかもしれません。絶望しないで、一緒にがんばっていきましょう」
「一緒にって、俺の為になんで?君は誰なんだ?」
「私は、、、、」
私は、、、、、
あなたの、家族です。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一
〜向日葵side〜
向日葵は徹也のお見舞いを終え、コンビニ袋をぶら下げて家に帰ってきた。
「ただいま」
…………………………。
「ただいまお父さん」
今日もおかえりの返事はない。
リビングに入る。
リビングには何もない。
リビングの電気を付ける。
やはりリビングには何もない。
一人の男がテーブルでだらしなく寝そべってる以外は。
「父さん……」
男を囲むようにちらばるゴミの量から酒を大量に飲んだことが分かる。
「ん……あぅぁ……」
電気をつけたことによって、男は目を覚ます。
「ん……誰だ…君は……?」
「お父さん…また忘れたの?」
「忘れた?ここはどこだ。俺は誰だ。」
(…そっか…お酒を飲んで寝ちゃったんだね……)
「お父さん…あなたはね…」
「お父さんって誰だよぉぉぉ!!!」
ガシャンッッ!!
バリンッ!ドカドカッ!
怒りにまかせてテーブルをひっくり返す、辺りにあるものを投げたり、壊したり。ただ狂ったように暴れ始める。酒が入ってるせいか、いつもより凶暴な様子だ。
「ッッ!お父さんやめて!!!」
向日葵が男を止めようと後ろから抱きしめる。
「ゔああ!俺に触るなァァ!!!」
向日葵の細い腕が男に乱暴に掴まれる。
「痛っ、お願い…やめて…お父さん」
「俺をお父さんと呼ぶなァァ!!」
ガシャンッッ!!!!
思い切り突き飛ばされる向日葵。
食器棚に背中に激突し、ガラスが割れる。
フラフラとしながらも立ち上がり、しっかりと男を見つめて
「ハァ…ハァ…あなたは水野慶三……わたしの家族です……あなたはある事故がきっかけで記憶喪失になりました。」
向日葵は頭から血を流している。
「みずの……けいぞう……事故……分からない。………分からない。何も。」
「聞いてください。わたしはあなたのことを大切に思っています。だからあなたの記憶が戻るお手伝いをしたいんです。ゆっくり時間をかけて。」
何度このセリフを聞いただろうか。
向日葵は毎日何度も何度もこのセリフを繰り返している。
向日葵の父、水野慶三の記憶喪失は重度だ。時間が経つと記憶がリセットする。正確には寝て起きるとリセットされている。
酒で酔って寝てしまったから。起きた時にはもうすでに記憶がない。
時間をかけて説明する。
事の経緯を。
落ち着きを取り戻した慶三は。
ゆっくりとその話を飲み込んでいった。
幸い水野慶三の記憶は人間として生きるための最小限の記憶はある。
水を飲んだり、物を食べたり、風呂に入ったり、テレビを見たり。
ただ記憶からすっぽりと抜け落ちてるのは「家族」というピースだ。
あの日に、
母親を失ったあの日に、
この人は壊れてしまった。
大事なものをもう一つ無くしてしまった。
慶三は落ち着きを取り戻したが、リビングで考え込むように黙っている。
向日葵も自分の部屋に戻った。
「……痛い……痛いよ……」
頭の傷よりも
心が痛い
僕にはそう聞こえた。
「……ひぐっ……うぅ……」
小さな泣き声だけが部屋に響いた。
僕はそれを見ていることしかできない。
僕は傍観者だから。
ただの傍観者。
なのにこんなにも胸が締め付けられるように苦しいのはなんでだろう。
向日葵の涙は見たくない。
向日葵には笑っていてほしいのに。
