「すー、はあ……」
 濃厚な本の匂いが室内いっぱいに広がっている。そこで大きく深呼吸をして、私は胸をなでおろした。
 うん、すごく心地いい。
 何万冊もの本が所狭しとならぶ場所、図書館。私はここが大好きだ。手を伸ばせば届く距離にいつでも本がある。とびきり幸せな空間。
 だから小学校のころから図書委員として活動するのは必然だった。図書室へ行くのは習慣だと言ってもいいい。
 もちろん高校生になった今でも、その習慣は続いている。

「今日はどんな本を読もうかな?」
 鼻歌まじりに私は呟いて本棚を回った。ラブストリーは素敵だけど、ホラーも捨てがたい。あえてSFやミステリーなんかもいいな。
 気持ちがふわふわと浮いて足取りが自然とステップを踏む。
 きっと他人が見たら変人扱いされるかもしれないが、そんなことを心配する必要はなかった。だって、誰も図書室にはいないんだから。

 ここの学校は図書室の利用者が極めて少ない。
 理由は図書室が部活のある放課後しか開かれないのと、校舎の末端に配置されてある場所だからだ。だから部活がなく、更にここまで校舎の末端まで来れるような人じゃないと図書室は利用できない。ある意味があるのか、そんな考えも浮かんでくるが、私にとっては最高の条件をそろえた図書室だった。
 だって、まるで私だけの特別な場所のようだ。
 今日も人気が一切ない図書室を充分に満喫していた。

 いつものように分厚い本を一冊、手に取り受付の席に座った。外面は図書委員の受付係としてここに来ているため一応受付場所にいなければならない。他の委員はもちろんサボりだ。まあ、私にとっては図書室に来てくれなくて良かったけれど。
 それでは、と私は選んだ本をゆっくりと開いた。今回はベストセラーになった純愛の青春ものだ。涙なしには読めないと歌い文句がされている。一行目に視線を滑らせたとき、扉の開く音が耳に届いた。
「うそ……でしょ?」
 私は一人で呟いた。図書室に誰か来るなんて滅多にない。開いた扉を凝視して、私は目の前の光景を疑った。
 そこには眩しいくらい顔の整った青年が立っていた。