君と花を愛でながら

「じゃあ、って。バイト初日の子が居たら普通、何からしてもらおうかくらい考えとくもんだよな」
「あはは。研修資料とか指導カリキュラムとか、そういうのはないんでしょうか?」
「ないない。そんなんあったら前のバイトの子も辞めてない」


初日のことを思い出して二人で含み笑いをしていると、階段から足音が聞こえて二人同時に肩を竦めた。


「おはようございます、伸也君、三森さん」
「おはようございます、マスター」


白いシャツの男性が階段を降りてくるのが見えて、私はぺこりと九十度のお辞儀をする。
比べて、片山さんは「っす」とか語尾だけが聞こえた挨拶にもならない音を発しただけでするりと厨房に入っていった。


マスターと二人取り残されて、一瞬の沈黙に私は忙しなく思考回路を働かせる。
なぜだか彼は私の方をじっと見下ろしていて、それが余計に私を焦らせていると、わかってはいただけないのだろうか。


「えーっと」


バイトを始めて一週間、できることは少なくても、開店前の流れくらいは掴んでいる。
入口周辺の掃き掃除はしたし、後は。


「あ! テーブルチェック、してきます!」
「はい、よろしくお願いします」


ダスターを掴んでもう一度お辞儀をすると、私はテーブル席の方へと、逃げた。片山さんは優しいし話しやすいのだけど、マスターは少し、怖い。
別に怒られたわけでもないのだけど……無表情なことが多くて感情が見えないから。